運動能力ってやっぱり遺伝の影響が大きいんだろうな、と薄々感じつつ、運動が得意な子どもに育てたい、トップアスリートになってほしい。ひょっとしたらなれるかも、と思ってしまうのが親心。
というわけで、運動能力をアップさせる子育てのヒントを探してみました。注目したのは、人気アスリートタレントの武井壮さん。陸上競技やゴルフ、野球と各種競技ですばらしいパフォーマンスを見せる彼が、これまで実行してきたのが「パーフェクトボディコントロール」。小学生のときに思いついたのが発端だそうですが、子育てのヒントになるでしょうか?
目次
「 パーフェクトボディコントロール 」とは
「パーフェクトボディコントロール」とは「自分の身体を自分の思ったとおりに動かす」ことを目的としたトレーニング方法。武井壮さんオリジナルのスポーツメソッドで、本格的なスポーツを始める前にぜひ知っておきたいスポーツ上達法だそうです。テレビやラジオの番組内で武井さんが語っていたことから、その内容をまとめてみます。
「スポーツをやると、特別な技術練習をたくさんしないといけないというイメージがありますが、1個のスポーツの技術習得だけに時間を注ぐのはある意味ギャンブルみたいなものです。青春時代からずっと時間をかけてもトップアスリートになれない人はたくさんいます。だからスポーツの練習をする前に、まず自分の身体を思いどおりに動かす練習をしたほうがいいと思います。スポーツって頭の中で思ったことがそのままできれば成功するものなんですよ」
「目をつぶって腕を真横に上げてみてください。トップアスリートでもこれができる人は少なくて、ほとんどの人が水平よりも腕が上がっていたり下がっていたりしています。これができないということは、運動中も自分が思っている腕の位置と実際の位置にはズレがあるということです。腕を水平にするという基準がないから、その日の体調などによって腕の位置が変わって、プレーにも影響がでてきてしまいます」
「ズレがあっても、そのズレを打ち消すくらいに反復練習すれば、スポーツの技術を身につけることができます。しかし反復練習でできるようになることの幅は狭くて、ほかへの応用ができません。選手の能力を丸だとしてみましょう。反復練習によって、同じ面積のまま丸を縦に引き伸ばすことはできます。縦に伸びた分は身につけた技術で成長したところですが、丸の面積は変わっていないので、アスリートとしての幅は前より狭くなってしまいます。アスリートの能力そのものは伸ばせていないのです。トップアスリートでも、ほかの競技をさせると素人になってしまうのはこれが理由です。長い期間、スポーツに取り組んでいるのに、たった1つのスポーツの限られた技術習得しか成長がないのは、アスリートとしてもったいない話です」
「頭の中で『こうしたい』と思ったことがそのままできる能力があれば、上手な選手のプレーを見て、そのまねをするだけで同じブレーができるようになります。技術を習得するトレーニング時間を減らしてその時間でフィジカルが鍛えることもできます。しかも、この『自分自身を自分の思いどおりに動かす能力」は応用性があるので、ほかのスポーツを始めても、ちょっと上のところからスタートできて、技術も数倍早く習得できます」
「ぼくは子どものときから自分の身体を思いどおりに動かすことを意識して、腕を水平、垂直、45度、40度にする練習もしました。陸上に取り組んだのは大学に入ってからですが、『武井壮』を動かす練習をずっとしてきていたから、わずか2年半という短い時間で十種競技のチャンピオンになることができました」
言葉に説得力がありますね。ほかのスポーツに転身しても使える「自分の身体を思ったとおりに動かす力」。子どもにも身につけてほしくなります。
スポーツ理論を考えはじめた小学校時代
最初にこのトレーニングを思いついたのは、まだ小学生のころだそうです。どんな少年で、どういう経緯からだったのか、調べてみました。
「僕がスポーツ理論について考えるようになったのは小学生のころです。
家庭の事情で両親と一緒に暮らせなかった僕は、その寂しさをスポーツで頑張って人に認めてもらうことで埋めようとしていました。毎朝、ストップウォッチでタイムを計って登校するのが日課でした。タイムにむらがあることに気づいて、知り合いの大学生に相談したら、彼は前年の講義で使った日体大の解剖学や運動生理学などの教科書をくれました。もちろんすぐには読めませんでしたが、辞書を引きながら少しずつ解読。そのころ、スポーツには左手が有利と気づき、もともと右ききだったのですが、字を書くなどの日常動作を含めて左ききに。1カ月くらいで慣れました。
小学校5年生になると、もらった教科書の内容が少し理解できるようになってきました。当時は野球をしていたのですが、自分はなぜ毎打席ホームランが打つつもりなのに、どうしてそれができないのか、その理由を考えていました。コップの水を飲もうとしたら、ちゃんと飲めるのに、どうして自分はホームランを打つことができないんだろう。
ある日、父親が撮影してくれたバッティングフォームのビデオを見てびっくりしました。 自分がイメージしていたようには身体が動いていない!! 見えていない身体は、思いどおりに動かせていない。野球の練習以外に『武井壮」を思いどおりに動かす練習が必要だ。 そう気づかされました。このころから、ノートに思いついたスポーツ理論やトレーニング法などを書くようになりました」
小学生のときから、真剣にスポーツに取り組んでいたんですね。毎朝の記録をストップウオッチで測る、大学の教科書を読んでみるなど、とても小学生とは思えない意識の高さです。
「パーフェクトボディコントロール」実践編
日常生活をスポーツに変える
小学校でスタートしたパーフェクトボディコントロール。腕を水平、垂直などにできる練習という例が挙げられていましたが、ほかに具体的にはどんなことをするのでしょうか。スポーツに取り組んでいない時間の鍛え方として、武井さんは「日常生活をスポーツに変える」ことを提案をしています。
「たとえば、ペットボトルを持って普通に飲んだら日常生活ですが、これもスポーツになります。僕はペットボトルを持つときは、親指と中指の気持ちいいところだけを使って、角のところをピタッと持つというルールを決めています。イメージ通りにできなかったら、またやり直します。」
「スポーツとは、頭の中でああしよう、こうしようと考えて、そのとおりに身体を動かすこと。日常生活でする普通の動作でも、それを『ああしてみよう』という意識を持ってやることで、スポーツになります。サッカーで、ボールをあそこまで飛ばそうと思ってボールを蹴るのと同じことです。日常的なそれができたら成功、できなかったら失敗と楽しめるし、しだいに成功率が上がっていきます」
「床のフローリングに途中で線が入っていたら、この角のところをつま先の先端で踏もうとか、ドアノブを持つときもこう握ろうとイメージしてそのとおりに持つなど、『こうしよう』と思ってすることがみんなトレーニングになります。日常生活をすべてスポーツにすると、24時間鍛える時間。これだけトレーニングしているんだと思うとメンタルも強くなりますよ」
武井さんのトレーニング方法をまとめてみて、腕、指の1部分、つま先の先端など、身体の特定の部位を意識して、あるポイント(水平になる位置、ペットボトルの角、フローリングの線など)まで動かすことにこだわりがあるのかなと思いました。それも、意識する部位が指の1部分とごく限られていたり、動かす位置が腕を水平に保つポイントだったりと、普通よりもよりもちょっとだけ動かし方が難しくて集中力がいりそう。
身体を動かすとき、そのコントロールを助けてくれるセンサー(注1)が、関節や筋、腱の中にあって、右腕がここにあるとか、足は地面を蹴っているなど、身体の位置情報や運動情報を脳に伝えているのだそうです。このセンサーがあるから、私たちは触らなくても自分の身体の輪郭がわかるとか。まったくの想像なんですが、武井さんのトレーニングは、このセンサーの使い方と関係しているのではないでしょうか。
センサーそのものを鍛えることはできないようですが、センサーの位置情報や運動情報を受け取って分析する部分や、運動指令を出すところなど、脳や脊髄を刺激して、精密で速い動きができるよう鍛えているのでは? 筋肉は、特定の部位を意識しながらトレーニングをすると、その部位を効率的に鍛えることができるといいます。神経も動かし方を意識すると、関係しているところが効率的に鍛えられるのかもしれませんね。
毎日自己ベストがつくれる体調管理術
アスリートには、体調を整えることも大切な仕事。武井さんが陸上部にいた大学時代に考案した体調管理術は克明な日記をつけることでした。
「アスリートの心構えとして、調子が悪い日を作らない、毎日自己ベストがつくれる状態に保つという意識が大切です。自分の体調日記をつけておくと、ベストな体調データを把握することができて、すばやく体調を回復したいときに役立ちます。
日記につけるポイント
- カレンダーや日記に毎朝昼晩の室内と屋外の気温と湿度を記録
- 天候や風などの情報を記入
- その日に頭で感じた体調を◎、○、△、×で記す
- 身体を動かした結果(タイムやパフォーマンス)を同じく◎、○、△、×で記す
- お風呂の温度や飲み水の温度、床の温度
- 着ていた服、寝具の素材など、なんでも
上記のような内容を記した自分だけの体調日記から、自分がいいパフォーマンスのできる条件をつかみ、その条件を維持して自分の体調を完璧にコントロールします。」
飲み物の温度、服や寝具の素材など、そういう細かいところで体調が変わったり、疲れの取れ具合が違うということに驚きました。身体に敏感なアスリートのみなさんにとっては、普通にあること? 自分で自分の身体を積極的にコントロールしようとする意識が大事なのでしょう。
身体を意識的に使う経験を増やす
3才くらいまでの時期は、身体の使い方をひとつひとつ覚えていく時期。はいはい、つかむ、口に運ぶ、引っ張る、立つ、歩く、手で持ち運ぶ、走る、ボールを投げる。蹴るなど、意識して体の使い方を覚えていこうとするし、それが楽しい遊びにもなります。毎日が「パーフェクトボディコントロール」チャレンジ状態ですね。たとえば、手を伸ばしてつかむことに興味がでてきたら、たらしたひもをゆらしてつかませてみるなど、少しだけ難しい課題を用意して一緒に遊ぶといい刺激になりそう。
一般的に、幼稚園から小学校の時期は特定のスポーツだけをさせるよりも、身体を使った遊びをいろいろ体験させて、幅広くいろいろな体の動かし方を知ることが勧められています。「身体を思い通りに動かす」経験にもつながってくるのでしょう。 ほかに、家の中でも手足を意識する遊びをすると楽しそうですね。手を伸ばして高いところに触るとか、足の指でジャンケンするとか、畳のへりや板目に沿ってまっすぐ歩くなど、いろいろ工夫できそうです。
そのうちに、鉄棒の逆上がりとか、体操の前転とかの動きの中で、どこに力が入っているかなどで筋肉を意識させたり、腕の上げ方で水平や垂直の意識を持たせることもできるようになるでしょう。小学校高学年になれぱ、ビデオや鏡でセルフチェックして、ズレに気づける子も出てくるのでは。
早い時期から、意識的に自分の身体を動かすことに慣れたら、本格的なスポーツ技術の習得にもいい影響がありそうですね。お金もかからないし、試しても損はなさそうです。運動上達法に子どもが興味を示したら、気軽に試してみてはいかがでしょうか。
注1 固有感覚受容器とかプロプリオセプターなどと呼ばれています。
参考
TBSラジオ「たまむすび(2013年7月22日放送)」
TBSラジオ「たまむすび(2014年2月26日放送)」
フジテレビ「笑っていいとも(2014年1月27日放送)」