おしゃべりのファーストステップは、生後1カ月を過ぎたころから始まる クーイング。鳩の鳴き声「coo」に似ていることから、そう呼ばれています。このころの赤ちゃんの声はとてもかわいくて、独特のやわらかな響きがありますね。
クーイングはことばの発達にとって、どんな意味をもつのでしょうか。赤ちゃん特有ののどの特徴についても調べてみました。
息を声に変える仕組み
赤ちゃんは1年がかりで、やっと一つ、二つとことばを少し話せるようになります。意味を理解していることばはもっとたくさんあるのですが、ことばの音を声にすることが、赤ちゃんにはとても高いハードル。それで発語ができるようになるまでには、かなり時間がかかるのです。
普段、意識しませんが、私たちヒトは声をどうやって出しているのでしょうか。発声の仕組みについて、おさらいしてみましょう。
声は、横隔膜を上げて肺から出した息が、声道を通過するときに声帯を振るわせることで生まれます。声帯は一対のひだで、普段はすきまが開いていますが、声を出そうとすると閉じられて振動する仕組みになっています。振動した空気は口腔や鼻腔で反響して大きな音になり、口や舌の動きで調音されて母音と子音が組み合わさった声になります。
こうしてまとめてみると、かなり複雑ですね。
赤ちゃんは意味のない声をたくさん出す練習をして、いつかことばを話す日に備えています。発語のために、発声面での課題はつぎの3つ。
1 声を出すために息をコントロールして吐くコツをつかむこと
2 声を出すことを意識して声帯を使うこと
3 息を出すと同時に、唇や舌を使って気流を変え、思いどおりの音声を作る(調音する)こと
最初のステップ、クーイングは、1と2の課題のためのメソッド。赤ちゃんは「声を出す」という意識を持って、声帯を閉じることとコトンロールした息を吐くことを同時に行い、音声を出すことにチャレンジしていきます。
クーイングから喃語へ
早くクーイングを始めたから聴覚がすぐれているとか、遅いから何かの発達が遅れているというわけではなさそうです。聴覚障害がある赤ちゃんもクーイングや初期の喃語は出るそうなので、発声しようとする試みは、環境や条件には関係なく、最初からヒトの赤ちゃんにプログラミングされた行動なのかもしれません。
生後3カ月くらいまでのクーイングは、音がこもっていて、1音ずつはっきりと区切った音声にはなりにくく、子音が少ないという特徴があります。この特徴は、赤ちゃんの口やのどの構造と深い関係があります。
生後4カ月過ぎになると、少しずつ声がはっきりしてきて、多彩な音が出せるように。うなり声やキャーッという声を出して遊ぶこともあり、ここから生後6カ月くらいまでを「声遊び期」と呼ぶこともあります。生後5ヵ月には、過渡期の喃語といわれる、子音と母音の構造が不明瞭な喃語が現れます。
「ぱぱぱ」「ままま」のように、子音と母音で構成された喃語(基準難語)になってくるのは生後6カ月を過ぎたころから。赤ちゃんは同じ音声を反復したり、ひと息で複数の子音と母音を組み合わせたりしながら、母語の発声や抑揚、リズムを覚えていきます。
クーイング の声の秘密はのどにあった
生後3カ月くらいまでの赤ちゃんが、明瞭な音声をつくれない原因。それは口やのどの構造が大人とは違うことにあります。
ヒトの喉頭は、ほかの哺乳動物よりもかなり下がった位置にあり、気管と食道の入り口がのどにあります。口で呼吸ができるので、声帯で振動した空気をのどや口腔で共鳴させることができ、大きな声にして口から出すことができます。舌や唇を使うことで、空気の流れを変えて、何十種類ものの音声を作れます。
新生児期の赤ちゃんは、喉頭が高い位置にあり、気管と食道は分離されています。そのおかげで、赤ちゃんは鼻で息を吸いながら母乳を飲み続けることができるし、飲んだ-乳汁が誤って気管に入ることも防げますが、声は鼻から抜けてしまい、響きにくくなります。(参考 和光堂「赤ちゃん通信No.27」食べる機能を育てる)
また、口の中のスペースが狭いうえに、神経回路が未熟なので、身体の割に大きな舌を動かしづらく、息を吐きながら唇を開け閉めする調音もできません。そのために子音をきちんと出すことは難しく、はっきりしない声になってしまうのです。
赤ちゃんの喉頭は、生後4カ月ごろから成長とともに下がってきて、3才ごろには大人と同じような位置に落ち着きます。喉頭の位置が下がってくると、口から息とともにはっきりした声が出るようになり、広がったスペースで舌を動かしやすくなります。離乳食が始まるなどで、頬の筋肉が発達したり、舌や唇を動かす神経が発達したりするので、調音も可能に。こうして、できなかった子音+母音の発音もはっきりできるようになっていきます。
のどでわかる進化の歴史
新生児の赤ちゃんの口の中やのどは、チンパンジーに似ていると言われます。チンパンジーはどんなに賢くてもことばを話すことはできませんが、それはチンパンジーの口やのどの構造が、音声を出すには向いていないからです。
ヒトの喉頭が今の位置に下がったのは、二足歩行をするようになって体型が変化したことがきっかけでした。重力の影響で喉頭が下に引っ張られたのだそうです。今のような口やのどの仕組みがあり、音声を持っているのはホモサピエンスだけと思われていましたが、ネアンデルタール人も舌骨があったことがわかり、音声が出せたのではと言われています。
食道と気管が交差していることは、動物の体としては不自然です。飲みこむときは気道にふたがかぶさるので、飲み食いしているときは息ができません。誤嚥(気管に食べ物などの異物がはいること)が原因で窒息する、肺炎がおきやすいなど、命にかかわる大きなリスクがあります。
話しことばの獲得は、コミュニケーション能力を桁違いに向上させ、抽象的概念や思考力を得て、知識を伝え蓄積することを可能にしました。喉頭の位置の変化がもたらしたことばを話す機能には、のどの構造が持つリスクをはるかに上回る価値があったといえます。
赤ちゃんののどや口の変化、そしてクーイングから母音の喃語、基準難語と進んでいく赤ちゃんの発声は、そのまま人類の進化の過程をたどっています。
赤ちゃんのことばを育てることは、ヒトの進化の最後のピースを完成させること。
そう思うと、わくわくしてきませんか?
参考
大橋力『音と文明』の周辺《第5章 手話》