学校は春の運動会シーズン。半袖になった肌に触れる風が心地よく、公園へのピクニックも、ひとあし早い水遊びも楽しい季節です。
そんな気分に水をさすように、今年もマダニによる感染症のニュースが伝えられています。昨夏は、致死率の高いマダニの感染症が「殺人ダニ」と騒がれ、都内の公園で感染者が出たデング熱にも警戒が強まりました。都内の公園の一部が立ち入り禁止に。各地の保育園や幼稚園では、散歩の自粛や、戸外での長袖着用などの予防策がたてられました。今年も厳重な警戒は必要なのでしょうか?
のどもと過ぎれば、と言いますが、去年はたくさんニュースを見たのに、どんな病気だったか記憶が薄れているところも。夏が来る前に、去年のおさらいをしつつ、今年はどうなるか考えてみます。
目次
ダニが媒介する感染症
・妖怪の正体はダニの感染症だった
日本では、昔から虫にかまれてかかる恐ろしい病があって、夜中にやってきて生き血を吸う妖怪のしわざと思われていました。その妖怪の名前は「つつがむし」。この名前は病気や災いを意味する「つつが(恙)」に由来したものです。
近年、この病気を感染させるダニの正体が判明し、ダニの名前は妖怪の名前をそっくりもらって「ツツガムシ」とつけられました。ツツガムシはダニ目ツツガムシ科。幼虫のときだけ人に寄生して、ツツガムシ病を発症させます。昔から、ダニが媒介する感染症は人々の身近にあって、とても怖れられた病気だったということがわかりますね。(参考1)
・ツツガムシ病と日本紅斑熱
今年4月に、マダニ感染症の日本紅斑熱によって香川県内初の死者が出たと報じられました。(参考2)
日本紅斑熱とツツガムシ病は、ともにリケッチアという同じグルーブの真正細菌(バクテリア)が原因。細胞内に寄生したバクテリアによって、血管が破壊されてしまう病気です。
刺し口がある、発熱、発疹などの特徴が似ていますが、日本紅斑病は夏を中心に春から秋にかけて、関東地方以西で発生。ツツガムシ病は春と秋から初冬の2つのピークがあり、全国で発生しています。治療にはそれぞれにあった抗菌薬を用います。
ツツガムシ病は地域限定の病気でしたが、近年は全国に広がりました。最近は海外で感染して国内で発症する輸入症例もあります。日本紅斑熱は、もともと中部地方以西の限られた地域で発生していました。最近は発生する地域や時期が拡大傾向をみせています。病気を媒介するマダニが全国に生息することからも、注意が必要とされています。(参考3、参考4、参考5)
・2011年に特定された重症熱性血小板減少症候群(SFTS)
致死率が高いとして「殺人ダニ」と騒がれた病気が重症熱性血小板減少症候群(SFTS)です。今年もすでに4月に鹿児島県、5月には広島県と宮崎県で死亡者が報じられています。また、福岡県では30代の女性が感染したという発表がありました。これまでの患者発生の分布図は下記のとおり。西日本に限定されています。(参考6、参考7 、参考8、参考9)
重症熱性血小板減少症候群は、2009年以降、中国の遼寧省など7つの省で患者が報告されるようになり、2011年にSFTSウイルスが発見されて、ダニ媒介の感染症と特定されました。アメリカや韓国でも症例が報告されています。
日本では、2013年に前年死亡した患者が感染していたことが判明。以降2015年5月20日現在までで、患者数は116人。そのうち34人の方が亡くなられています。ウイルスの型が中国のものとは違うことから、中国から運ばれた病気ではなく、日本にも前からウイルスは存在し、発病もしていた病気と思われます。
病気の特徴をまとめます。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS) |
・ウイルス保有ダニは全国に拡がっていた
厚生労働省の研究班により、九州から北海道まで26の自治体で、採取したマダニのウイルス検査が行われました。ダニの個体数がとても少なかった自治体を除けば、検査したすべての自治体のマダニからSFTSV遺伝子を検出。マダニの種類によりますが、マダニのウイルスの保有率は5~15%であることがわかりました。
マダニにかまれたシカからも、ウイルスの抗体が検出されています。調査していない自治体を含めて、これまで患者がいなかった地域にも、SFTSウイルスを保有したマダニが広く生息していると推測されています。(参考12)
これまでは感染者の年齢層が高く、20代以下、30代は各1人でした。しかし子どもや若い人はかからないということはないので注意が必要です。
最も人の命を奪ってきた生物「蚊」
・日本脳炎やマラリアを媒介
蚊が媒介する病気で、日本でいちばん知られているのは日本脳炎でしょう。コガタアカイエカが媒介する日本脳炎ウイルスでかかる病気です。予防接種の普及によって、国内での感染はほとんどみられなくなりました。しかし、アジアには今でも流行地域があり、パプアニューギニアやオーストラリアでも患者が発生しています。
日本脳炎は感染しても発症しないことが多い病気ですが、いざ発病すると有効な治療法がなく、死亡率が高いうえに、助かっても重い後遺症が残ります。毎年行われている検査では、豚から日本脳炎ウイルスの抗体が検出されており、国内から日本脳炎ウイルスがなくなったわけではないようです。今後も感染を防ぐためには、適切な予防接種が必要です。(参考13)
マラリアはアフリカなど熱帯地方を中心に、100カ国余りで流行が見られる病気。世界保健機構(WHO)の推計では、年間2億 人以上がかかり、200万人の死亡者があります。ハマダラカが媒介するマラリア原虫によって感染します。
日本でもハマダラカは生息しますが、国内の感染例はなく、海外が感染して国内で発症するケースに限定されています。温暖化でも増加傾向はみられていません。
このほかにウエストナイル熱、チクングニア熱も蚊が媒介する病気です。国内で感染した例はありませんが、海外で感染した輸入症例があります。ウエストナイル熱はアメリカやヨーロッパ、西アジアなどで感染地域が拡がってきているので、日本でも注意が必要なのかもしれません。(参考14、参考15)
・デング熱の輸入症例が増加中
昨夏、国内感染者が出たデング熱も、戦争中の一時期を除けば国内感染はなく、ウエストナイル熱やチクングニア熱と同様に、海外からの輸入症例だけでした。ただ、疑わしい例として、2013年、ドイツ人旅行者が日本から帰国後に発病したケースが報告されています。昨年の調査でも、一部では遺伝子の異なるウイルスが発見されており、これまでも国内感染があったものの、見過ごされてきたのではないかという意見もあります。
今年はマレーシアやフィリビン、ベトナムなどで患者数が前年を上回るなど、東南アジアで流行が続いています。また、モーリシャスでも流行しているとの情報があります。その影響からか、東京都感染症情報センターが5月21日に発行した東京都感染症週報によると、今年のデング熱感染者は都内で24人、国内で83人が確認されています。これは過去最高のペースだそうです。(参考16、参考17、参考18)
デング熱・デング出血熱 |
・今年中にワクチンが発売予定
現在のところ、有効な治療薬がないデング熱ですが、フランスの製薬会社サノフィは、デング熱に対する世界初のワクチンの効果が臨床試験で確認されたと発表しています。早ければ今年後半にも発売される見込みです。(参考21)
また、武田薬品工業は、買収したアメリカのバイオ会社が研究していたデング熱ワクチンの開発を引き継いでいます。需要があれば日本国内でもワクチンの製造販売を行うと発表。早ければ2018年の実用化を目指しています。(参考22)
虫除け対策
ダニや蚊が媒介する病気を防ぐもっとも有効な手段は「かまれないこと」です。蚊やダニがいそうな場所はなるべく近づきたくないですが、子どもがいるとそうもいかないですよね。せめて、蚊が発生しそうな水たまりは避けましょう。空き缶にたまった水の中でも、ぼうふらはわくそうですよ。
外遊びや外出前の虫除け対策も必要です。肌の露出を避ける、虫除けスプレー・クリームなどを使う、携帯用の蚊取りグッズや蚊除け器具を用意するなど、いろいろな方法があります。子どもの年齢や活動場所にあわせて、虫除け方法を考えてみたいですね。
虫除けに効果が高いのはDEETが含まれているものですが、安全面から赤ちゃんや幼児の使用には制限がもうけられています。成分表示や使用上の注意を読んで、使いすぎないように気をつけてくださいね。
ダニについては、肌の露出を避け衣服の中に入り込まないようにする、服についていないかチェックするなどの方法が有効なようです。もしもかまれたときの手当についても知っておきたいもの。野山へ遊びに行くときは、確認してみましょう。
とくに心配なのは海外旅行。蚊やダニが媒介する感染症は、日本で知られている病気以外にもたくさんあります。旅行の計画をたてる前に、候補地の感染症情報を調べたり、持っていくものリストに虫よけグッズをくわえるなど、事前の準備が大切です。
海外旅行時の虫除け対策はこちらが詳しいので、ぜひ直接読んでみてください。
ポイントを抜粋します。
蚊に対する虫除けの基本
- 網戸がしっかりとされた宿泊施設、エアコンのある宿泊施設を選ぶ。
- 皮膚の露出を少なくする。
- 屋外ではディート(DEET)などの有効成分が含まれる虫よけ剤を皮膚の露出部につける。蚊取り線香も有効。
ダニに対する虫除け対策の基本
- まず、ダニのいる草原や森林地帯を避ける。
- 袖先がぴったりとした、色の薄い長袖の服を着る。
- ディート(DEET)などの有効成分が含まれる虫よけ剤、皮膚の露出部、特に、頭、ウェスト、わきの下、足指などと服につける。
(参考)小児に対する虫除け剤の使用について
・DEET(厚生労働省による通知)
6か月未満の乳児には使用しない。6か月以上2歳未満は、1日1回。2歳以上12歳未満は、1日1~3回。
・DEET(CDC、米国小児科学会の推奨に基づく)
2か月未満の乳児には使用しないこと。小児に使用する場合の濃度は30%以下にすること。
・ユーカリ油(CDC)
3歳未満の小児には使用しないこと。
ダニに咬まれた場合
- ダニを発見したら、できる限り直接手でダニを取ったり、つぶしたりしない。可能であれば、皮膚科でとってもらう。
- 自分でとる際には、毛抜きや先の細いピンセットを用いて、できる限り皮膚に近い部位でダニをつかみ、ダニの口の部分を壊さないようにゆっくりと上に持ち上げ、ダニを除去する。
- 咬まれた傷は消毒する。
国内のマダニ対策はこちらで確認しましょう。
抜粋
- マダニは野生動物の出没する環境や、民家の裏庭、畑、あぜ道に生息している。
- 野外では腕、足、首など肌の露出を少なくする。
- 上衣や作業着を家の中に持ちこまない
- シャワーや入浴で肌についたダニをチェックする。
- ガムテーブを使って服のダニを取り除くのも効果的。
- 日本ではマダニ対策用の薬品はないが、ツツガムシ用の忌避剤(医薬品)を使えば一定の忌避効果が得られる
地球温暖化とグローバル化が影響
ここからはかしわばの感想です。
ここまで調べてきた中で、SFTSウイルスを保有したマダニが、北海道を含めて全国に分布しているという調査に、かなりショックを受けました。これまでは西日本を中心に限定的だった重症熱性血小板減少症候群も、今後は全国的に広がっていくのかもしれません。どこの野山、畑や庭でも、作業中はダニ対策が必要になってきそうです。逆に、現在ウイルスを保有しているマダニがいるにも関わらず、感染患者がいない地域があることが不思議です。そこに、なにか病気予防や治療のためのヒントが隠されているのかも。
マダニや蚊が媒介する病気は、世界的に拡大傾向にあります。アメリカではマダニが媒介するライム病の拡がり方を温暖化の指標にくわえたそうです。地球温暖化で、マダニや蚊が住みやすい環境になってきたことが、媒介する病気を拡げていく要因になっていると思われます。日本も温暖化で亜熱帯化してきていると言われていますが、熱帯地方で流行している病気が入って定着しやすい状況が作られているとしたら怖いですね。
年々海外渡航者が増え、さまざまな品物が輸出入されています。ウイルスやバクテリアを持ったダニや蚊が、人や品物と一緒に海外旅行するチャンスがどんどん増えています。ウイルスや病原菌の輸入はせめて、海外に出かけるときは自分自身が感染に気をつける、疑わしいときはすぐに医療機関に申し出て相談するなど、感染症を意識する姿勢が大切だと思います。それが結局、自分や家族を守ることにもつながるのでは。
残念なことですが、マダニ感染症、デング熱。どちらの病気も昨年だけのことではすまないようです。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)やデング熱はもちろんですが、ウエストナイル熱なども含めて、ダニや蚊が媒介する病気には、今後、ずっと警戒していく必要を感じました。海外旅行に行く前に、現地の感染症情報にも気を配ろうと思います。
デングワクチンの開発のニュースには勇気づけられました。世界中でデングワクチンを待っている人たちがたくさんいると思います。日本でもワクチンが実用化されたら、東南アジアへの海外旅行の前に、ワクチン接種が習慣になるかもしれませんね。
参考1 ツツガムシ ウィキペディア
参考2 マダニで県内初の死者/仲多度、日本紅斑熱に感染 四国新聞社(香川県)
参考5 リケッチア ウィキベディア
参考7 マダニ感染症で、60代男性が死亡 宮崎市 西日本新聞
参考10 重症熱性血小板減少症候群とは NIID 国立感染症研究所
参考11 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)に関するQ&A 厚生労働省
参考12 <速報>重症熱性血小板減少症候群(SFTS)ウイルスの国内分布調査結果(第二報)NIID 国立感染症研究所
参考13 日本脳炎とは NIID 国立感染症研究所
参考14 マラリアとは NIID 国立感染症研究所 そのほか、各病気別の項目を参照。
参考15 蚊媒介感染症 東京都感染症情報センター
参考16 デング熱:過去最多ペース…海外感染で発症80人に 毎日新聞
参考17 厚生労働省検疫所 FORTH 2015年05月12日更新 デング熱の流行状況について (更新4)
参考18 モーリシャスにおけるデング熱の流行
参考19 デング熱について 東京都福祉保健局
参考20 デング熱 ウィキペディア
参考21 デング熱ワクチンが効果 仏、来年にも実用化 日本経済新聞
参考22 デング熱ワクチン、国内販売検討…武田薬品 yomiDr.