2015年、中南米でジカ熱が流行。2016年2月には、事態を重く見たWHOが緊急事態宣言を出し、日本でも神奈川の男子高校生がジカ熱に感染したというニュースが大きく報道されました。
世界中で「 ジカ熱」が注目されている理由。それは感染した妊婦さんから、「小頭症」という重大な発達障害の赤ちゃんがたくさん生まれていることにあります。
「ジカ熱」ってどんな病気なのでしょうか。感染症と「小頭症」との関係や、妊娠期間中、とくに気をつけたい時期について調べてみました。
目次
「 ジカ熱」とはどんな病気?
カが媒介するウイルス感染症
ジカ熱はジカウイルスの感染症で、ネッタイシマカやヒトスジシマカが媒介します。蚊が媒介する病気といえば、2014年に日本国内での感染が大きなニュースになったデング熱を思い出しますね。実際、ジカウイルスはデングウイルスと同じ系列のウイルス。その症状も似ています。
潜伏期間は3~12日。約80%の人は感染しても発症しません。発熱、斑状丘疹性発疹、関節痛・関節炎、結膜充血などの症状が特徴で、そのほかに筋肉痛やめまい、腹痛などの症状がおきます。死に至る例は少なく、一般的にはテング熱よりもむしろ軽い病気です。近年になって、ポリネシアやブラジルでは、ギラン・バレー症候群など神経症状の合併症が報告されています。
10年間で流行地域が拡大
ウガンダのジカ森で、アカゲザルの体内からウイルスが見つかったのはおよそ70年前。地名からジカウイルスと名づけられ、50年前にはナイジェリアでヒトの体内からも検出されました。
病気の流行が注目されるようになったのは、ここ10年間です。2007年にミクロシアのヤップ島、2013年にフランス領ポリネシア、2014年にチリのイースター島、2015年にはブラジルやコロンビアと、流行地域は年々広がっています。日本では2013年12月に2人(仏領ポリネシアに滞在)、2014年7月に1人(タイのサムイ島に滞在)、そして今回の2016年1人(ブラジルに滞在)計4例が確認されているようです。
国内での感染が報告された国・地域は以下のとおりです。赤道を中心に幅広い範囲の地域に広がっていますね。
参考 NID 国立感染症研究所 ジカウイルス感染症のリスクアセスメント
新生児に小頭症の症例が激増
ブラジルでは、ジカ熱の流行とリンクするようなタイミングで先天的な小頭症の症例が激増。これまで年間で100~200例だった症例が、2015年10月からのわずか3~4カ月間で4000例以上報告されていることがわかりました。アメリカでも、ブラジルに渡航しジカ熱に感染した女性から小頭症の赤ちゃんが生まれたケースが報告されています。
小頭症の原因として、ブラジルで使われている蚊の駆除剤や、デング熱対策で開発された遺伝子組み換えの蚊の影響とする説もあり、まだはっきりと解明されているわけではありません。しかし、発症した胎児や母胎の羊水からジカウイルスが検出されたことにより、発症の原因はジカウイルスの母子感染という見解が一般的になってきています。
エール大学の研究チームからは、ジカ熱感染のママから死産で生まれた赤ちゃんが水無脳症だったという報告も出ています。この赤ちゃんは体のあちこちに水がたまる胎児水症も併発していて、脳や脊髄以外の箇所に症状が出た例として注目されています。(ロイター ジカ熱、水無脳症の原因にもなる可能性=研究チーム)
妊娠を控えるよう勧告する国も
ジカウイルスは感染してもはっきりとした症状が出ないことが多く、感染に気付きにくいことが問題を大きくしています。予防できるワクチンがないため、感染を防ぐには蚊にかまれないようにすることしかありません。流行地域には近づかない、蚊除けの工夫をする、蚊を駆除するなどの対策がとられています。また、性行為による感染も否定できないため、アメリカでは流行地域に滞在したパートナーとの性交渉は控えるか、コンドームをつけることを勧めています。
各国で、妊娠中または妊娠の可能性のある女性に対して、流行地域への渡航自粛を勧告しています。日本でも、流行地域への渡航について注意を喚起しています。CNNによると、中南米の国では「妊娠をしないように」という勧告も出されているそうです。
エルサルバドルやジャマイカ、南米コロンビアではジカ熱の流行を受け、政府が女性に対して2年間は妊娠しないよう異例の勧告を行った。
エルサルバドルでは女性団体が今回の事態を受け、政府に対して人工妊娠中絶禁止の撤回を求めた。
出典 CNN 英でもジカ熱感染者 エルサルバドルは中絶禁止の撤回訴え
「小頭症」「水無脳症」ってどんな病気?
治療法がない先天性の「小頭症」
小頭症は同世代の子どもに比べて頭の大きさが小さく、頭蓋骨の成長が不十分な症状のことをいいます。
胎児の時点で異常が生じている先天性の小頭症は、脳の発達が阻害されていて知能発達に遅れが生じます。症状の程度は個人差がありますが、感覚器に障害がある、てんかん発作が起きるなどのいくつかの身体症状をともなうことが多いようです。
先天性小頭症の原因として、遺伝性、染色体異常、遺伝子の欠損、薬物、放射線暴露、感染症などが挙げられます。広島や長崎に原爆が落されたとき、胎内で被ばくした人にも先天性の小頭症が多く見られたそうてず。先天性の小頭症を治す根本的な治療法はなく、患者の症例に合わせて環境整備や知能訓練などを行います。
出生後、頭蓋が十分成長しないままくっついてしまって発育が止まるケースを後天性の小頭症と呼ぶこともあります。頭蓋縫合早期癒合症、狭頭症とも呼ばれます。視聴覚に影響がでたり脳の発達に影響することもありますが、放置しても脳の機能的にはまったく問題がない事例もあります。成長していく脳を圧迫しないように、頭蓋骨を延長する手術を行います。
参考 MEDLEY 小頭症 wikipedia Microcephaly(英語版)
「水無脳症(水頭症性無脳症)」
脳の形成時に障害があって、大脳半球が小さなかたまりに萎縮する、または欠損する症状を無脳症といいます。水無脳症は、水頭症性無脳症ともいって、無脳症のひとつ。脳が欠損して空洞になってしまった部分が脳脊髄液で満たされた状態になり、見た目では頭部が膨れています。
無脳症の原因ははっきりとはわかっていませんが、遺伝性や葉酸などの栄養不足との関係があるとみられています。妊娠26日以前に、なんらかの原因で脳や脊髄のもとになる神経管前部に異常がおきて、神経発達が阻害されることで発症します。
予防として、妊娠中や妊娠する可能性がある女性には、葉酸の摂取が推奨されています。
参考 gooヘルスケア、ブログ ゆうくんの“adagio”な時間
胎児が感染症の影響を受ける時期は?
妊娠4週~7週は「絶対過敏期」
今回のジカ熱の流行で先天性の「小頭症」が大きく注目されています。実は、妊娠中や分娩時、授乳時に母胎から胎児に感染し、大きな影響を及ぼす感染症はたくさんあって、そのうちのいくつかは「小頭症」の原因にもなっています。
いつごろ感染すると、胎児が「小頭症」になる可能性があるのでしょうか。
感染症の病原菌が脳の形成に大きな影響を及ぼすのは、妊娠4~7週ごろの妊娠初期。胎児の体の原器がつくられていく「器官形成期」にあたります。脳や脊髄は生命維持にかかわる大切な器官なので、早い時期からつくられ始め、妊娠4~5週ごろには神経板から神経管が発生して、脳や脊髄へとかわっていきます。
器官が形成される過程では、薬剤や病原体などの影響を受けやすく、妊娠7週までは「絶対過敏期」といわれます。このころの赤ちゃんは、タツノオトシゴに似ていたりしっぽがあったりと、まだヒトになる以前の状態。そのため妊娠7週までは「胎児」ではなく「胎芽」と呼ばれています。
妊娠8週くらいになると、重要な器官の形成は終わります。最も過敏な時期は過ぎますが、15週くらいまではまだ分化が進んでいるので、影響を受ける可能性があります。妊娠16週以降になると、器官に奇形が生じる心配はなくなります。しかし、病原体や薬剤などが発育に影響して早産や子宮内死亡などのトラブルにつながることがあります。
絶対過敏期のころは、脳や脊髄などの形成が阻害されないように、感染症や薬剤の摂取には十分気をつけたいもの。しかし、それがとても難しいことなのです。
受精卵ができるのが妊娠2週、子宮に着床するのが妊娠3週。月経がないことに気づくのは妊娠4週、つわりが始まるのは早い人でも妊娠5週ごろ。産婦人科で初めて健診を受けるのは6週ごろという人もめずらしくありません。つまり絶対過敏期の大半は、まだ妊娠と気づかなかったり、初産だったらまだ妊娠や出産の知識がないという可能性が高いのです。
参考 妊婦の薬物服用 日本産婦人科医会先天異常委員会委員 神奈川県立こども医療センター周産期医療部産婦人科部長 山中 美智子
脳・脊髄の発生異常 (東京大学大学院医学系研究科小児医学 水口 雅)
妊娠前から知っておきたいTORCH症候群
母子感染する病気の中で、先天性の重い奇形や臓器・神経・感覚器に障害をもたらす病気をそれぞれの頭文字をとってTORCH症候群といいます。ワクチンの予防接種が実施されている風疹はよく知られていますね。そのほかに、どんな病気があるか知っていますか?
・TはToxoplasma gondii……トキソプラズマ原虫
・Oはothers(その他)……B型肝炎ウイルス、
・RはRubella virus……風疹ウイルス
・CはCytomegalovirus……サイトメガロウイルス (CMV)、
・HはHerpes simplex virus……単純ヘルペスウイルス (HSV)
このうちトキソプラズマ原虫、サイトメガロウイルス、風疹ウイルス、梅毒トレポネーマは小頭症の原因になります。日本では、トキソプラズマ原虫とサイトメガロウイルスの患者数が多く、トキソプラズマ原虫の胎内感染者は毎年数百人、先天性サイトメガロウイルスの体内感染者は毎年1000人にものぼるそうです。
流行が拡大しているジカ熱を知り、予防することは大切です。しかし、パートナーのいる女性には、トキソプラズマ原虫やサイトメガロウイルスのように、身近にある感染症のリスクについてもこの機会に知ってほしいと思います。啓蒙活動をしている患者の会には、たくさんの情報がありますから、のぞいてみてはいかがでしょうか。
先天性トキソプラズマ&サイトメガロウイルス感染者患者会(トーチの会)